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2010.04.29 (Thu)

学ぶことの意味

こんばんは^^
ここ暫くブログを更新できない状態でした。
ちょっと生活が一段落した感じです^^


今日は、後輩教育のためのプログラミングの勉強会をやりました。
大学に入学したばかりの学生が多いこともあって、多くの人が興味を持って説明を聞いてくれていたので、こちらも張り切って教えることが出来ました☆

人に物を教えるためには、見えないところでの努力が大切。
そして、同時に相手のモチベーションを維持させるための工夫も必要。
一方的に教えるだけではなく、教えられる側からのアウトプットを積極的に行うようにすることで、初めて理解が深まっていくものなんですね^^


そんなこともあり、学生はなぜ勉強するのかについて少しばかり考えていました。


まず、学生を教育するためには、多大なる労力や費用が必要です。
そしてその費用は地域の自治体や国から出ています。

しかし、その教育に対してコストをかけていても、何も起こらなければ、それはボランティアの域です。
言い換えれば、それが継続することは有り得ません。

継続したサイクルを実現するためには、コストかけただけの、それ以上の見返りが必要なのです。
それは、地域貢献や生活を支えるための技術の開発など、社会に対する奉仕という形で実現されていきます。


昨今は各会社での激しい競争があったりと、奪い合いの世の中になっている現状は否めませんが、基本はお客様と会社との譲り合いの元で成り立っている社会であることは、決して忘れてはならないと思います。

それは、教育機関に対しても同じです。
教員は学生が社会で貢献できる人材を育成するために日頃から努力し、結果として学生が社会で能力を発揮できるように成長していきます。

そんな意味で、学生自身が知識を深めていくこと自体には見返りとしての意味は無く、その知識を生かして社会に貢献することで、初めて本当の見返りの意味があるのだと思います。


そのためにも、生きた勉強が出来るよう、教員と学生が協力して頑張っていかなければならないのだなぁと、切に思いました。

00:14 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0)

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